それ、あり?

今回はミステリー系が多いとーる文庫。引き続きのコレ。

さよならドビュッシー (宝島社文庫)

さよならドビュッシー (宝島社文庫)

タイトル通りドビュッシーピアノ曲が出てくる。「月の光」に「アラベスク
どちらも有名すぎるほど有名。便乗するわけじゃないけど私もドビュッシーが好き。
クラシック界では「印象派」と謳われるが、その由来は一度聴けば納得する。
いつか踊ってみたいなぁとは思っていたけれども…なかなか難しい。
透明感こそが命なので、年齢的にも早くやらなきゃと焦りを覚える…が…ねぇ。
さて、この小説。そうだなぁ硬派な「のだめ」という感じがする。
かの「のだめ」効果で、クラシックCDが飛ぶように売れた時期があったが
その一端をこの小説も担っているのではなかろうか、と思わせる迫力がある。
ミステリーなのでもちろん謎解きが主体なのだが、主人公がコンクールに挑む場面での
その音楽の描写や緊張感は素晴らしいと思う。
本家のだめは漫画で、もちろん2Dである。それでも音楽が溢れてきていたけれど
この小説も同じように文章の隙間から音楽が溢れてくる。
私はこの小説に出てくる音楽をたまたま全て知っていたので、その音楽を
自分の頭で再生しながら読んでいたけれども
これまでドビュッシーを知らなかった人はこれを読んだら多分CD買っちゃうね。
ラヴェルも買っちゃうかもしんないな。
主人公がドビュッシーに心惹かれる理由としてビジュアルが浮かぶというのがあった。
え?そんなん、普通に浮かぶんちゃうん?と思ったが、それってわりに稀らしいよ。
そーなの?というか、情景が浮かばない音楽ってある?…あるか。
「月の光」では月光の下で男女がワルツを踊っている感じがする、と言った記述があった。
う〜ん?私はそういう感覚を持たなかったなぁ、この音楽を聴いても。
だからこの記述の部分に最後まで違和感が拭えず。
昔、師匠が漫画に対して言っていたことを思い出した。
「小説に比べて、あれ(漫画)はビジュアルもインプットされるだろ?」
字だけのものに比べ、こちらの想像力の幅が狭められてしまう、という理由。
つまり自分の想像力を使わず、単なる受け売りになっちまうことを良しとせず、ということ。
でも、それまで知らなかった情景を漫画によって知ることができる可能性もあるのだが。
小説の醍醐味として、確かに想像しながら読むということが楽しいのであるから、
漫画だとその部分が最初からないのが残念とも言える。
それと同じ理由で、この音楽に対しての感覚と言うのは人それぞれなので
「月の光の下で男女がワルツを踊る」といったイメージを持っていなかった私には
この部分に共感ができなくて、違和感を持ったまま読んでしまったのが残念。
それにこの音楽を、この小説がきっかけで読んだ人には、そういう情景が刷り込まれて
しまうんじゃなかろうか、とも思う。それってどうなの?まぁ言論は自由ですからね。
それと最後の最後にどんでん返しがある、という帯のふれこみ通り
確かに最後に一番「えっ?」という謎解きがあるのだが、なんだかこれ、騙された気がした。
確かに主人公は「あたし」としか自分のこと呼んでなかったけどさ。
え〜?そんなんあり?と思ってしまったのは確か。ちょっとずるい感じがしたな。
とか文句ばっか垂れてますが、面白かったので一気に読み終えました。(なんじゃそら)