帰宅

29日は吉祥院の実家へ。
この行事も恒例だが全員の予定が揃わなければ見送られることもある。
2週間ほど前、お嫁ちゃんからいきなりLINEで連絡が入った。「お姉さんですよね?」
便利なようなびっくりするような(笑)登録した時点で勝手にオトモダチになってたけど。
お嫁ちゃんは弟と家業を継いでくれていて、か弱い印象なのに実はしっかりしている。
アケミちゃんとこの「使える嫁、Tちゃん」と同じ感じ。感謝しています。
日程の調整ができ、集まるのは実家の父母、妹夫妻、それに弟一家と踏んで
ちょっとしたお土産を三家族分用意して、スイーツを携え出向きました。
どうしてこの家はいつもごちゃごちゃしているのだろう…。
まぁ母が滅多なことではモノを捨てない人だから仕方ないけどね。
リサイクルにリサイクルを重ねて、それでもしょっちゅう家具の移動や整理そのものは
しているので汚いってことはないのだけど、なんせごちゃごちゃしてる。
この床に敷いてある毛糸のんは昔、お母さんが着ていたカーディガンやったりするし。
ほどいて編みなおしたりするのよね。エコではあるが色味がバラバラ。
統一感というものがどこにもない。実家ってこんなんですね、きっとどこでも。
と思いつつ、はい、コレそれぞれ一つずつ持って帰ってね、と妹に渡すと
「私、いま家、ここやねん」と言う。
一瞬意味が把握できなくて「は?」というと「…帰ってきてん」
えーと、古い言葉でいうと出戻りちゅうやつですかね?後でゆっくり聞かしてもらお。
宴もたけなわ、子供たちはジジババのお手製ゲートボール強化装置(家の中)で
お小遣いをもらう為に躍起になっている頃、私、妹、お嫁ちゃんは台所で片付けしながら
妹の「ちょっとそれはないよなぁ」という感想しか出てこない出戻り話を聞く。
詳しい内容は差し障りがあると困るので割愛するけれど、元は他人である夫婦としての
「それは言うたらあかん」ところを越えてしまったのが別居の原因。
とはいえ妹は「そんな人、選んでしまったのは私やし」と言う。
確かにそういうところに因果を見つけようとする気持ちは理解できるのだけれど
自分を責めたらあかんよ。
夫婦として、元は他人だった関係をつないでゆくには法的な縛りの中でお互いの譲歩が
必要よなぁと思う今日この頃。どの夫婦でも我慢をしあってる部分はあるだろうと思うしさ。
愛はなくても情はあるやろ、と一時離婚を考えた私にクミコさんが放った名言が
ゆっくりじんわりと育っていく感じもある。実感として。
でも、我慢の限界を越えたら、それはもういいんじゃないかな?
どう考えても一方的にしか我慢してなかったものね、お姉ちゃん(妹)は。
そんな話をしていた時に黙って聞いていた母がこう言う。
「…いずれ、向こうの親の面倒だけ見させられてこうなるんちゃうかと思ってたわ」
え?そうなんスか。そんな風に思ってたんか。そうやったんか。
この母は妹と弟にとっては実母である。
この母も自分が離婚しているため言いたくても言えない部分もあったんだろうなぁ。
子供が「この人と結婚する」と言った時(…こいつはアカン)と思ったとしても
周辺の条件がそこそこ揃っていたり、何か決定的な欠点が見て取れなければ
反対もしにくいのだろうな。その子がいいならいいやん、と思うものね。
と、かように年末のこの日はなんだか重いものをずしりと抱えて帰ったのでありました。
知らぬこととはいえ、渦中、何にも助けてあげられなくて申し訳なかったなぁ。
一回ゆっくり時間とって妹と食事でもしようかな。