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マジバナ2 「教育勅語」について

最近、M劇場で関連の幼稚園児たちが大声で言わされていた時代錯誤のアレ。

なんなのだ?と思ったし、薄気味悪いとしか感じなかった。

そんなに長い文じゃありません。

でもこれは肌触りとして絶対嫌な感じ。それにもちろん憲法違反なんです。

憲法に違反してようがしてまいが、なんで今更これなんだと。

もやもやしていたのですが、考えて出た私なりの結論はこれです。

教育勅語の主語は「天皇」です。勅語、ですからね。

でも天皇第二次世界大戦の戦犯(代表として)を逃れた代わりにすべての権利を

凍結され、象徴となったはずです。

だからこの教育勅語の主語になる人は建前上いないはずなのです。

そして今上天皇のお言葉や行動を垣間見るに、ご本人がそれを望んでもいないと思う。

じゃ、主語にあたる人間は誰なんでしょう?

それは総理大臣であり、内閣という権力なんです。厚かましいにも程がある!

ま、厚かましさはこの際置いといて。

一番問題とされるのは「なんかあった時には命を差し出せ」という文言の部分です。

天皇陛下万歳」と言って特攻隊の人達は死んでいきました。

天皇陛下万歳」と言って追い詰められた沖縄の市民は壕の中で自死しました。

そういうことを「せよ」と今度は国民を守るはずの政治家たちが言うのです。

そしてもし戦争になったら犠牲になるのは市民。

どんな世界の、どんな場所でも権力者たちは高見の見物。

きっと昭和16~20年の戦争の時も、主語のはずの天皇ではなく時の権力が天皇の名の

傘のもとに戦争に突っ込んでいったのだと今となってはわかります。

私達は歴史を学んできたはず。

遠い遠い昔のことだけれど、全て地続き。

歴史は懐古趣味じゃない。過ちを繰り返さないためにあるんです。

その歴史を直視しようとしない現政権。捻じ曲げようとさえする動きまである。

先だって読んだ真都山みどりさんのお父様の著書にもありました。

「そういう雰囲気になると洗脳されてだんだん物が考えられなくなる」

これはみどりさんのお父様が子供の時の話ですから余計にかもしれませんし

一旦、自由を満喫してきた今の私達にはここまでの純粋さはないかもしれない。

かろうじて憲法9条があるから守られている現在。

今、なんののための、誰のための教育勅語なのか。

是非皆さんも面倒くさいと言わずに考えてみてください。

私は平和を守るために声を挙げます。