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『こんなにもお茶が美味い』

impressions

ニットキャップシアター第36回公演『こんなにもお茶が美味い』鑑賞。
いや〜笑って笑ってしているうちに泣いてしまうという、みごとに演出の術中に
はまってしまいました。
変な3きょうだいの話なんですけどね。父親の3回忌に集ったきょうだい。
長女、長男、次女。それぞれがなにか抱え持っている。それは誰にでも共通する何か。
すると突然、長女が「私ヌードを撮る」と言いだすのね。このキレ味!
ニットは本当に古いお付き合いのワタクシ。彼らがまだかろうじて大学生だった時の
旗揚げ公演から観ているのだもの。その時から下ネタはふるっていた。
でも今ほどには洗練されていなかったことを思えば、この年月は彼らにとっても
それなりの長さの歴史なのだなぁと、なんだか感慨深い。
その後も下ネタは続きます。最近わりに封印気味だったのに、ここへきて!という
気もしないでもないが、なんとなくわかる気がするのだ。
初めのころから見ていると脚本家であり演出家のごま氏の中にあるモティーフが
大なり小なり風合いを変えて繋ぎ合わされていってるのがわかる。
少しずつ前回のネタだったり、手法が取り込まれているのだ。
最近は音楽とダンス?マイム?によるパフォーマンス色が強かったニット。
今回はアトリエ劇研という空間のなせる業か、久々の会話劇というしばりなのか
パフォーマンス色とカラフルさは息をひそめ、最低限である。でもおなじみの仮面も
使われているし美術も西田聖さんらしい、そしてニットらしい空間である。
ここへきて今までの様々なものが放り込まれている感満載。
私の好きなドン亀君は客演の池川くん扮するバイト君に憑依していた。
過去の懐かしい作品を彷彿とさせるシーンやセリフ回しや、シチュエイションなどが
あり、それでいて最新作である新機軸も垣間見られた。進化しているなぁ、ニット。
今回は観る人によってはベタっとした感覚のものかもしれない。
ここ数回のパフォーマンスづいてた芝居はいい意味でも悪い意味でも音楽と動きが
カタストロフィーになり、じっくりとかみしめるという作業がしにくくもあった。
でも今回のような小さな劇場での会話劇は俳優それぞれの役柄とセリフによって
聞いていながら別のことを考えたり感じたりできる滋味深いものがある。気がする。
それに今回はごまさん自身の死生観というか、元々持ってるものかもしれないけれど
うお座的な部分が全開やったなぁと思うのだ。そしてそれは彼が春にネパールへ
言ったことの実感とも相まっているのかもと思う。知らんけど。きっとそう。
とにかく個人と宇宙はつながっているということ。
人は自然に還るのだということ。
みんなそこへ到達するんかな、と思った滋味深いいい芝居でした。
これを下ネタがあることで嫌だと思う人がいるなら、もったいない、と思う。
あんたは「誰のどこから」生まれてきたの?と思うね。そういうこと。そんな芝居。