不機嫌の正体

先週お休みさせていただいた滋賀のレッスン。今日はなんとしても行かなくちゃ。
着くなり労っていただき、申し訳ない思い。
そしてみなさんから色んなものを頂く。じゃがいもとかポン菓子とか(笑)
それらは別にお見舞いというわけじゃなく、たまたまなんだけれども。
有難いですね〜。本当に長年に渡って支えていただいているなぁと強く思う。
先生、という記号で呼ばれながらも実態は私がお世話になっているのだ。
若い時にはそういうことにあまり気づきはしなかった。
年を取ってくるとそういう人間関係の機微というか仕組みがよく解る。遅いってか。
こちらの皆さんの発表会で踊る作品の選曲に悩んでいる。
「みんながよく知っていて」「美しくて」「親しみやすくて」「イイ曲」
一体何がいいのか皆目見当がつかない。
毎日のように選曲の海に漕ぎ出しているのですけれども。
それに合う合わないという軸もあるわけですし。
音楽サイトをサーフィンしては思いつく音楽のいろんなアレンジを聴いてみたり
色々とやってはみているのだけれど。
きっと、この見当のついてなさが不安の一つだと思う。
決まっていない、だけじゃなく、方向性が見えないというのは不安だ。
このあたりが決まったらザッと見通しが立って、まぁ振付自体は毎度苦労するけれど
それより世界観とか、イメージとか、テーマとか。
地道にやってくしか道は拓けない。わかってる。
きっとこの不透明さが私の不機嫌の原因である。
それでも昨日、やっぱりやりたいことしかしたくないという再認識を図らずも
することになって少し気持ちが落ち着いた。
腹を括れ。覚悟しろ、自分。