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おっちゃん逝く

早朝、枕元に置いていた携帯が鳴って起きた。

亡くなった母方の従兄からだった。「山科のおっちゃんが亡くならはったんや」

今夜に通夜をするというので一気に覚醒した。

そこからは大阪のおばちゃん(母の妹)に連絡をとり、腰が悪いので大阪まで

車で迎えに行く算段をしたり、香典を包んだり、着替えを持ったり、差し入れ買ってと

まぁバタついたものの、ちゃんと時間よりも少し前に到着して実に10年ぶりくらいに

あった従姉妹ともゆっくりと話ができた。

おっちゃんは肺炎をこじらせてしまったらしく、でも金曜までは普通に話も

できていたらしく、悪くなってあっという間だったらしい。

しんどかったかな?息ができないんだものね。

もともと肺病みなのにたばこは吸うし、晩年は長く酸素も吸っていたらしい。

8年前におばちゃんを亡くしてからは寂しい寂しいとこぼしていた。

おっちゃんの子供は2人とも娘で、小さいときはよく遊んだ。

おばちゃんを迎えに行った道々でいろんな話を聞いて感慨深かったなぁ。

この母方の方の親戚にはあまり会う機会もないため、つい忘れがちだが

隣にいるおばを見ると確かに母にも、もう一人のおばちゃんにも似ており

元々の血脈を思い出すのだった。荒い気性の血。やだやだ(笑)

親世代はみんなどこかしらぶっきらぼうで短気で気が荒いのだが、子供世代は

時代背景なのか反面教師的になのか、穏やかな気性の人間が多い。

反論は受け付けません。私も穏やかです。

昨年末におっちゃんから突然電話がかかってきて謝られてしまったのだった。

母の位牌を私に相談せず寺に預けたことが申し訳なかったと。

こっちは実父との事情もあるので特にそのことが引っかかってもいなかったし

むしろ母の亡くなったゴタゴタの中で当時高校生だった私は位牌のことまで気が

回らなかったのが事実。仏壇も持ってないのだし。

だからおっちゃんがそんなことを気にして悔いていることにびっくりした。

でもおっちゃんは私に謝ることができてよかったと言ってた。

おおげさやな~とその時には返したが、自分も年だからいつ逝くかわからないと

そこはかなり切実に本気だったのだろうと思う。

会いに行けばよかったと少し後悔している。