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デリカシーの無い人

かんがえごと

バス停でバスを待っていたら、わざわざ前に入り込んでくる人。
降りようとしているのに、わざわざ抜かして先に降りる人。
どちらもいいトシしたおじさん、おばさんであることが多い。
そりゃ、寝たふりして席を譲らないような若者もどうかと思うが、譲られて当然!
みたいにされてると譲りたくもなくなるよ、と思ってしまう。
大事なのは権利を振りかざさず、お互いの謙虚さだろうと思うけれど、人間なかなか
そうは道徳的にいかないようである。でもね〜。。。
先週、むりやり映画を消化しに映画館で座っていた時、後ろの座席に二人連れの
おばさま達。
入ってくるなり普通の声で話を続けているもんだから、内容を聞きたくなくても
丸聞こえ。若干の愚痴と自慢話と。とりわけ主体的に話している人がやかましい。
もう一人は聞き役に徹しているが感嘆と相槌ひとつも大きいこと。やれやれ。
その時、車いすの方が介助の人と一緒に入ってきた。
車いすの方は座っているのでなく、ほぼ寝ているくらいのリクライニング度。
気管切開してらっしゃるらしく酸素吸入器の音が大きくはないがシュコーシュコーと
気にはならない程度に聞こえている。
でも映画に来ているということは意識はハッキリしているのだろうと思う。
さて、その人が目に入って何かが感化されたのであろううるさい方のおばさま。
「あの〜ほれ〇〇さんなぁ。ガンで車いす生活やねんて」「へぇ〜〇〇さんがっ」
私の心の声(!…おいっ!)
「いややなぁ。ガンにだけはなりたないわ」「そやなぁ」
(そんな大きい声で!この中にもがん闘病中の人がいるかもしれんのに…)
「ガンになったらおしまいや。抗がん剤の副作用もすごいしなぁ」「そうか?」
さぁそこから延々、副作用についてのレクチャー、それも聞きかじり程度のモノだろう
まぁ延々とお話され、二人して何の病気よりガンは嫌だという結論に達したもよう。
すでに私の眉間には深い皺が刻まれていた。
「寝たきりになってチューブいっぱいつけるくらいやったらさっさと死にたいわ〜」
カラカラッと笑うやかましい方のおばさん。いや、こうなったらオバハンで充分や!
もはやブチ切れるかと思った瞬間、会場が暗くなり映画が始まる合図になったので
二人はピタリとお喋りを止めた。…それくらいだけは常識があるのね。
私はあまりに腹が立ちすぎてめまいがしたわ。車いすのおじさん、傷ついたと思う。
二人はもしかしたら自分たちの声が響いているとは思わなかったのかもしれない。
普通にお互いの家の茶の間で話しているくらいの感覚だったのかもしれない。
でもね。はぁ〜、もう当たり前のこと過ぎてこの腹立ちを書く気にもならん!
なんってデリカシーが無いんだろう。年を取るとそうなるのか?
そんなことないでしょ。きっと一人で映画に来たなら喋らないのだろう。
二人、またはグループという気安さがデリカシーの決壊を許すのだ。
気を付けようと思った。